2013年11月23日

自作ゲームブック創作01 【読者の視点に立つ】

まず自作ゲームブックを製作するに当たって考えないと行けないのは

「何の為に作るのか」と言う事だろうと思います。

ただ単に自己満足の為にということならば自由自在に作ればいいかなと思います。
ゲームブックを完成させる事よりもゲームブックを製作する過程が楽しいという方もいると思います。

用は作る事そのものが楽しいということですね。
何の制限もルールも作業的なこともありませんから楽しみながら作れます。
自分で作って自分で読んで楽しむ。
自分の為に作っているだけですから、内輪ネタや人の悪口なども自由に書けます。
自分だけ分かればそれでいい訳ですから何の制限もない訳です。


では自分ではなく他の人の為にとなるとどうでしょうか?
これは公開して世に出して他人に読ませるゲームブックと言う事になります。

ゲームブックだけに限らず小説でもどの分野でも言える事ですが、
読ませると言う事はその読者の気持ちに立って物事を考えなければなりません。

文章の基本的な役割はコミュニケーションの道具です。
相手に対してどういう気持ちにさせるかどう動かすかもコミュニケーション次第でどうにでもなります。

「他人の気持ちに立つ事」
「人に対しての気配り、思いやり」

ゲームブックや小説に限らず、ほとんどの仕事や付き合いも含めてコミュニケーションとは一番大事な事だと思います。
なんでこんな思いやりがゲームブック作成に必要なんだよ…って思いがちですが、文章には書き手の読み手に対する人間性が顕著に現れるものです。

履歴書などが分かりやすいと思います。
適当に書きなぐったような字で簡潔に書いた履歴書と
読みやすいように丁寧な字で綿密に書いた履歴書では
同じ履歴書でも一目見てその人間性が垣間みれるものです。

デジタルデータ上の文章でもそれは同じです。
文章の構成や文字の使い方ひとつとってもその書き手がどんな人間性なのかが何となく分かってしまうものです。

「書いたのだから読めや」と
「書いたのでぜひ読んで頂くと嬉しいです」では感覚が全く違ってきます。

書き手の読み手に対する考えの持ち方が何気ない文章にも現れてきたりするものです。

最近の東京オリンピックの招致活動で有名になった「おもてなし」と言う言葉がありますが、
これも相手の事を考えた重要な事だと思います。

なにもゲームを簡単にするということではありません。
相手が読みやすい分かりやすいように工夫したりするだけでも印象は変わります。

出版されているゲームブックの中には読み手がやりやすいように本にサイコロを同封したり、ルールを分かりやすいようにされている作家さんもいます。

これも作家の読者に対する「おもてなし」のひとつだと思います。
当然そういった「おもてなし」を受けた側は気持ちがいいものです。
そういう気配りが出来る人は文書にもそういう人間性が知らず知らずのうちに現れます。
読み手は意識しなくとも、読みやすい面白いという感覚を無意識のうちに感じ取るものだと思います。

こういう気配りや思いやりはゲームブック製作だけでなく、あらゆる分野に応用がききます。


これらの話は自分のひとつの考えなので、肯定的に捉えても否定的に捉えても構いませんし、
自作ゲームブックを作るに当たって必要不可欠なものであるとは断言いたしませんが、
書いた文章に対して読み手が何かしら感情を持つのはコミュニケーションである以上さける事はできません。
一度良くないというイメージを持たれてしまうと、その読者は同じ作者の作品は二度と読まないでしょう。

趣味で作って公開するだけならあまり考えなくてもいいかもしれません。
ですが商用として金銭を徴収して配布するとなると「プロ」という肩書きが加わります。
どの職でも金銭をもらって作業するなら「プロ」となります。「プロ」である以上適当なやっつけ仕事はできません。
これはどの職業でも同じです。

提供する側が面倒だと作業を省いてしまえば、その代償は提供される側にのしかかります。
ゲームブック作成も書き手が面倒だと端折って適当に書いたら、読み手がその面倒を補わなければならなくなります。


結構単純なようで重要な事だと思います。まずは読者に対して作者側も対等な立場にあると言う事を視野に入れるといいかもしれません。自分も人の事は言えないのでまだまだ改善が必要なんですけどね…
posted by 文芸遊戯研究会 at 17:05| Comment(0) | ゲームブック創作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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