2016年03月13日

「聡明なスパイは耳がいい」終了

春も近づいてきました。
相変わらず仕事が忙しく、なかなか暇が見つかりません。
これからも多分暇はなくなるでしょう。ゲームブック作成関連の記事に関してはあまり期待しないでください。このブログ自体がもうオワコン状態ですから。よって今回も自由気ままに書かせてもらいますね。読みたくなければ読まなくても結構です。


ゲームブック作成のブログを立ち上げたものの、書くことが無くなって脱出ゲームブックのレビューを書き始めた記事も、結構ゲームブックのカテゴリーから脱線した内容をつらつらと書く状態にまでなりました。
今回も脱出ゲームブックのレビューの他に余り関係ないことをつらつらと書こうかなと思ってます。つまらなかったり不快でしたら途中切り上げて貴重な時間を無駄にせぬようよろしくお願いします。


「聡明なスパイは耳がいい」を終了いたしました。


1.jpg


謎解きで詰まることもなく、なんかあっけないほど簡単に終わってしまいました。
前回の「十人の憂鬱な容疑者」がかなりシビアだったためか、それを反省点にわかりやすい謎解きにしたのかもしれません。そして、ヒントを記載した袋とじも用意してあります。
ただ、自分はその袋とじを全く開けることなく、快調に謎を解いていき、最後の謎もあっさりと見つけてあっけなく終わりました。

前作ではつまづきながらも謎を解いた瞬間の爽快感が忘れられなくて、今回もそれを期待していたのですけどね。ですが自分みたいな謎解きマゾヒストはマイノリティなのでしょう。やはり前作は難しすぎた印象があったようです。
難しさで言えば「十人の憂鬱な容疑者」がダントツで次に一弾の「人狼村からの脱出」、そして第二弾の「ふたご島からの脱出」とこの「聡明なスパイは耳がいい」が来るような感じですかね。

今回の「聡明なスパイは耳がいい」の特徴は聴覚を使って謎解きを行う企画が施されています。書籍にCDが封入されていまして、文中の指示にトラック番号が記載されていて、読書と同時に音源を聴くという一風変わった方式を取っています。だいたい書籍というのは視覚情報だけで認知していきますから、それに聴覚を加えるというのはそれなりに新鮮味のあるものでした。

小説というのは言語情報(ものによっては挿絵もありますが…)のみで展開されるので主に読者の左脳だけで処理されます。これまでの脱出ゲームブックは視覚情報で右脳左脳を刺激してきましたが、今回は視覚情報も
含めて右脳左脳を刺激しなければなりません。それゆえに感性も求められます。
こればかりは苦手な人と得意な人で二分化されるかもしれません。
 音楽に携わっている人ならば多少そういった感性はあるのかもしれないですが真意のほどは不明です。少なくとも私は結構昔ですが一時的にオーケストラに在団して楽器を奏でていた時期もあったので、その感性が役に立ったのかもしれません。

 どういうことかというと、時間的制約のない静的な視覚情報と違い、音源を介するものは時間的制約が課せられます。繰り返し聞けば問題ないのですが、音源というのは一つの情報を静的にそこに提示したまま留めておくということができません。ゆえに集中力と認知判断のスピード性が新たに求められるわけです。それだけでも今までのアナログのゲームブックと違いアクション性を帯びたという感じでしょうか。


 CDにはあの「くるり」の主題歌が提供されています。物語そのものも音や音楽を主体としたテーマを盛り込んでます。
 本文自体も前作までの三作品と比較してストーリー性も若干ですが増えました。各パラグラフでの選択肢も増えて迷路を探索する場面もあります。

その代わり付属品を使った大掛かりな仕掛けというのは、若干減ったような感じですね。ほとんどの謎解きはCDの音源を聴くことを指示しています。自分は音源を圧縮してタブレットに放り込んでそれを聞きましたが、SCRAPの事だから絶対CDそのものも物理的に利用する謎解きを用意しているのではと睨んでCDそのものも一緒に持って読んでいました。

 それがビンゴだったのか外れだったのかはここで言えませんが、付属品全てを使用する謎解きはありますよとだけ伝えておきます。

ゲームブック的なもので音源を主体にしたもの…というか音源のみのゲームブック的なものも昔にはありました。セガサターンで販売された「リアルサウンド 〜風のリグレット〜」という作品ですね。
ものすごいこだわりようで画面には何も映らずに真っ暗で音楽と音声がナレーション付きでドラマ風に展開されます。選択肢に差し掛かるとチャイムの音が鳴ってそれぞれの方向ボタンを押すことで選択肢の内容が読まれるというシステムでしたが、これも静的に情報開示できず視覚情報なしに動的に展開されるため、駄目な人は受け付けず賛否両論分かれた作品でした。当時知り合いだった映画評論家なんかはこれだけのシナリオをなぜ映画にしないのだと憤慨していました。映画にしたら選択肢が設けられないでしょうと反論しましたが。。。

 多少の選択肢や展開の波は以前よりもレパートリーが増えたものの、謎解きが主体でストーリーはオーソドックスなものです。静的コンテン主体のアナログゲームブックに動的コンテンツを融合させるというのは中々面白い試みではありましたが、ここいら辺はやはり人によって好みが分かれる部分でしょうか。謎解きがそれほど難しくなかったのはその辺を考慮しての配慮なのかもしれません。さすがにシー○スみたいに絶対音感を要するような謎解きがあったらそれはそれで鬼ですが。。。



 しかしながら、本に袋とじがあるとなんかワクワクしてしまうものです。今回は全く必要性を感じなかったため開けようとも思いませんでしたが、難解な前作に袋とじが付いていたら開けていたのかもしれません。

ところで
袋とじというと一つ変わった情報をネットで見つけました。あるブログである作品のレビュー記事を偶然見かけたのですが、それにコメントされている方の感想に興味深いものを見つけました。その作品の文章力を疑問視する話題から始まって、さらには一つにまとめられるパラグラフを連番で二つに分けて150くらいのパラグラフの作品を300くらいにしているという情報でした。興味を引いたのはその後の話でパラグラフを無理矢理分割している理由が袋とじに記載されているものと思い、袋とじを開封したら謎解きの解答でもないただの後日談だったというコメントでした。

 私はその作品のことはよくわかりませんので真意のほどは不明ですが、少なくともそういう風に感じられた人がいるということにはそれなりの原因があるのでしょう。検証する時間が私にはないのでそこから話を展開させていただきますが。


 世の中、様々な商品が売られています。どのようなカテゴリーの商品でも玉石混交の世界です。

 よく、ゲームブックが廃れた原因に質の悪いゲームブックが横行し始めたという意見も聞かれますが、それは小説でも映画でもどの分野でも同じです。様々な分野の製品にピンからキリまでの程度があります。ゲームブックだけに限った話ではありません。

 それに嗜好性の高いものはどうしても人によって好みの違いがあります。自分も脱出ゲームブックを評価していますが、人によっては全く受け付けない人もいますし、自分が立ち読みして苦笑して購入に至ってすらいない作品を大絶賛している人もいます。嗜好性の高いものは価値観の違いで好みが結構大幅に分かれてしまう傾向にあるため、自分が読んで質が悪いから他の人が読んでも質が悪いと思うだろうとの判断は案外、信憑性が低いものです。

 しかしながら、大勢に支持されている作品もありますし、先ほどのコメントにあったような作品などもあるようです。
こればかりは世の中の定理というか致し方ないように感じます。どのような商品でもある一定の需要が見込めると他社から似たような製品が出されます。脱出ゲームブックだって劣化コピーと言われるようなクオリティの作品が出ないという保証もありません。外食一つ挙げたって格安の大衆食堂から三ツ星レストランまで多々あります。

 ただ個人的に思うことなのですが、どのような分野の製品であれ商業という名の法則に則っています。要するに儲けるために物を製造販売しているという点です。慈善事業や趣味に限定して行なっているものとは別にほとんどの営利団体は儲け主体で物を売っています。その中でも売れさえすればそれでいい、売ってしまえばこっちのものという商法も認められています。
 主にリピーターが最初から見込めない一見さんや観光客相手の商売や、商品自体をよく知らない層や疑いを持たない層相手、その本体の価値とは別のネームバリューや商品価値が最初から伴っている商品(例えばコレクター向け商品や有名アイテムとのコラボもの)などは、どのようなクオリティでもある一定の需要は確保できるため、そう言った商法で提供するケースも多いです。

 極端な例ですが中身の上面が見える弁当を買うとしましょう。ウィンナーが二本入っているのを確認して購入。そして開封してウィンナーを取り出すとそれが水平方向に切られていて0.5本で二本だと思っていたのが実は一本だった。もちろん上面には円形のある外側の方を向けてあり、見た目は二本入っているように見える。注意深く観察したり開封してみないと実際はわからない。
こう言った製品を見た経験というのは割と多くあると思います。

 これが弁当の外側にウィンナーが丸ごと二本入っていますというキャッチフレーズを掲げていれば詐欺に当たりますが、そうでなければ違法ではありません。見かけだけで錯覚させるのは実は商業では多々使われたりします。さすがにウィンナーを半分にぶった切るのは大げさな例ですが、ほとんどの消費者は初期の見かけで大半を判断しようとする傾向にあり、そういう傾向を逆手に取ったれっきとした商法でもあります。

 もちろんいかがわしいとかそういうものではなく、あくまでマーケティングのプロフェッショナルによるノウハウでもありテクニックともよべるものです。大手企業や出版社などにはこの手のマーケティングの専門が数人存在しています。

 半分のウィンナーも袋とじも購入して開けてみなければわかりません。購入させるということが最終段階にある製品はそれで売り手側にとっての役割を終えます。どのような製品もできるだけコストや制作時間を抑えることができればそれに越したことはありません。法律の範囲内でごまかすという行為も商売では確立された手法です。ですからこう言った製品を一概に非難するというのは少々短絡的かなと自分は思います。


 では、対象を逆転させてなぜこのような経緯になったのかを検証しましょう。
そのコメントされた方には酷ですが、ある種のステレオタイプが働いたのではと推測します。

袋とじの大体の特性は秘密性を秘めています。週刊誌などのアダルト写真などは買わせるためのものですが、ゲームブックなどではゲーム性という観点から謎解きの解答がそこに記載されていると思ってしまいます。
よって「袋とじ=謎の解答」という固定観念が定着してしまうのです。
そういう色眼鏡を通して袋とじのある本を見たときに「袋とじが必要なほどの謎解きがある」と錯覚してしまいます。
実際に開封したときにその内容がただの後日談だったので、そのような開封前の期待感が逆転して失望へと繋がったのではと思います。無論袋とじは謎に対する回答にしないといけないなんてルールも法律もありませんから何を記載してもいいのです。ですが先入観がそれを一方的に決めつけた感じですかね。

 その他、パラグラフの総数もそういったイメージとして作用します。150だと短編のように見えても、300だとかなりボリュームのある冒険ができそうだと錯覚してしまいがちです。


どのような人であれ、イメージや固定観念というのは存在します。
よくブランド性や知名度などで物事の判断基準を立てる人、結構見かけるでしょう。内容や本質を検証せずに見た目や名前だけで様々なものの総合基準を即座に決定づけてしまいます。

このようなイメージや先入観は一度決定付かれてその人の記憶に定着してしまうと中々覆せないものです。一時期騒がれた「洗脳」のメカニズムによく似ていると思います。
これを商売上でのマーケティングに利用する企業や新興宗教は結構あります。大手企業ならほぼ利用していると言っても過言ではないでしょう。
マクドナルドやユニクロのように格安の商品を大々的に売り出して、安いとイメージ付けさせ、格安として告知した製品以外の商品は少し高額で売るという方法ですが、これが割と上手くはまったようです。マクドナルドは別の問題で失脚しましたが、格安というイメージ商品に扇動された顧客層は安いからアソコにしようと繰り出し、知らぬ間に高額の出費をしたのにもかかわらず得したと満足してしまいます。
 少し考えれば高額かなと気づくものですが、ステレオタイプの傾向の強い人はイメージや先入観でほぼ行動します。本当に重症だと高額であると数値やデータを見せても信じない人すらいます。そこまでバカな奴いるのかよと思いますが、嘘のような本当の話です。

それだけ固定観念…いわゆる洗脳の力というのは膨大です。ですからマーケティングに置いてイメージ作りをすることは製品の企画開発及び広報では重要視されていたりします。
この傾向が強いとあらゆる事象や物事をイコールで結びつけようとします。「外車=高級車」「中国産=粗悪品」など、詳細な品質を中立的に検証して考察せずに、漠然としたカテゴリーを短絡的な基準で色分けしようとします。考えるということを放棄してイメージや感覚、感情だけで認知判断する傾向にあるのです。

 前の記事でも話題としましたが、「考える」ということは否定から始まります。肯定してしまうとその対象についての考察は完了したと判断してしまいますので、何か事象に関して奥まで突き詰めたい場合は否定から始めます。推測を立ち上げてそれを否定的観点で突き詰めて検証して決定的なインファレンスを決定づけていく。このように進めていくことで考察を深め真実を掘り下げていくのです。こう言ったことは主にクリティカルシンキングと呼ばれています。

 イメージ、先入観、固定観念、ステレオタイプ、呼び名は様々ありますが、このような習慣を否定して考えるという行動を習慣づけていくことで、視野性は格段に飛躍します。そうなると今まで見えてこなかった部分も見えるようになります。もちろん発想や創造の力にも結びつきます。個人的にはこう言った考察を阻害する分子を撤去することを「憑き物を取る」と表現しています。(同じ表現をしていた作家にインスパイアされた形ですね)

脱出ゲームブックなどのロジカルパズルなどもこう言った先入観が謎解きを阻害する箇所が多々あります。論理思考にイメージや固定観念は不要です。そう言った憑き物を取り去ることにより回答への方法が見つかるケースが多いのです。


 憑き物に固執してしまった消費者層はその特性からマーケティングに置いてはとても扱いやすいターゲット層として重宝されます。
どのような製品でも企画開発の段階の初期でターゲット層を設定します。見た目や初期のイメージで判断してしまう考えない層は美味しい顧客でもあります。
袋とじの件でもそう言った特性をうまく利用して顧客を取り入れたのだと思います。袋とじはそれだけでも謎が含まれると錯覚してしまいますし、何より袋とじは買わなければ中を開封して確認しようもありません。売ってさえしてしまえば利益となってしまう業界です。袋とじを見つけた時にこの袋とじの中は本当に謎解きの解答が書かれているのか…実はただの後日談かもしれないなんて疑う顧客もいませんからね。その心理を利用したプロフェッショナルならではのノウハウが活かされたイメージ商法でもあります。

 謎解きの解答を仕込むにせよ、知ったところで読者側に何の影響も変化もカタルシスも与えない謎を適当にブッこむ手法もいいのかもしれません。私がずる賢い作家ならそうしますね。あとで後日談だけじゃないかと言われた時に、謎とその謎の答えがちゃんとあるじゃないかと反論する材料にするためです。何の伏線も論理も持たない謎なんかは誰でも即席でいくらでも作れます。適当にでっち上げてブッ込んでハイっそれで謎の出来上がりです。何より時間もかかりませんから締め切りにも間に合います。

 前述のステレオタイプの強いターゲット層だと購入時にイメージ付けられた「袋とじ=謎の解答」のイメージ付けが結論付けされてしまい、それが否定されることなく最後まで引きづられます。ゆえに最後がただの後日談であれ、壮大な袋とじと錯覚して評価する顧客も出ていることでしょう。それもそれで出版社のマーケットのプロフェッショナルの思惑通りなのです。さすがはプロのなせる技ですというほかないですね。売切販売の商業物は売れることが最終目的なわけですから詐欺に当たらなければ何も問題はないのです。それでも何か解せないという消費者がいるなら次回からその手の作家の作品は買わないようにすればいいだけなのです。売れなければそのような作品も出してこなくなります。それで万事解決します。

 どのような商品でも玉石混合の世知辛い世の中です。詐欺にすら当たらなければ良いという哲学で商売する輩もいます。ですから消費者側で考えて選別する習慣をつけなければ、商品全般のイメージクォリティアップなんてないのです。そう言った観念を無視してブームが去ったのは品質の悪い製品を横行させた売り手のせいだけだというのは少し論点が違うような気もするわけです。


 脱出ゲームブックなどは難解でロジカル的な謎解きを提供するが上に、ターゲット層はそう言った問題を解決するようなロジカルシンキングの傾向を持つ読者層がターゲットとなってしまっています。そういった層は固執傾向が低い上にそれなりに考察する習慣を持っているので、小手指だけのごまかしは効きません。そんな不利な状況でも手抜きせずに地道に出版し続ける商業努力には頭が下がります。決してマーケティングが上手いわけではありませんが、クオリティ重視で生き残ろうとするゲームブックがあるということはまだ捨てたものではないですね。劣化コピーと呼ばれるまがい物も出る(出た?)かもしれませんが、それに屈せず頑張ってもらいたいものです。


今回、脱出ゲームブックの感想とマーケティングの一部について書きました。
posted by 文芸遊戯研究会 at 07:19| Comment(5) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして
文芸遊戯研究会さんのブログ記事は
ほかのゲームブック愛好家さんにはない独特の発想で書かれているので
前から楽しみに読んでいます

書くことがないとのことですが

Sorcery!や80 Daysを生んだinkleがインタラクティブストーリー向けのスクリプト言語「ink」をオープンソース化
http://doope.jp/2016/0352080.html

こんな記事がありました

あと、送り雛は瑠璃色のを書いた思緒雄二先生がゲームブックのレビューされている記事がありました
https://shimirubon.jp/columns/594

よろしければブログ記事の足しになればと思って書かせてもらいました


ブログをやめられるという話ですが
ゲームブックについてここまでふかく掘り下げた記事を書ける人はなかなかいないと思います


できるならば続けていただけると
私の方も勉強になるのでうれしいかぎりです

ほかのご事情があるのなら無理にといいませんまでも
もったいないような気がしまして投稿させてもらいました
失礼します
Posted by 紫 at 2016年03月13日 22:38
紫さん

はじめまして。愛読&コメントありがとうございます。

inkleのスクリプト言語、うろ覚えですが、これ昔からあったように記憶しています。ただ開発段階のようでしたので紹介は保留してました。
似たようなコンテンツに「ChoiceScript」があります。その他の2弾で紹介しています。

同じinkleで「inklewriter」というプログラムを要しないゲームブック投稿サイトの使い方を以前記事にしたのですが、日本の方で実際に使って投稿されている方は数えるくらいにしかいませんでした。
他のツールでも「AXMA Story maker」で同じく数人程度、一番高度な計算のできる「Divine GameBook Creator」や他のツールに至ってはほぼゼロでした。
 そんな状況で現状、利用している方のほとんどいない「inklewriter」よりはるかに敷居の高いプログラムパッケージを使う人が果たしているのかどうかも疑問ですし、この手のパッケージに興味のある方はそれなりに知識があると思いますので独自に研究して使われると思います。

 もう一度改めて説明を記事にしますが、この手のデジタルツールの記事は少し時代の潮流やインターネットを駆使する層の需要の方向とはずれていたのかなと考えはじめまして、それで新たに記事を作るのは時間の無駄かなとストップした経緯があります。


 思緒先生のコラムも色々と絡まってますね。それでも抑えているほうかとは思います。

ともあれ情報ありがとうございます。


ブログ終了の件、検討中です。
実を言うと水面下で止めないでという意見を複数の方からいただいています。
事情といえば事情はあるのですが、文戯研そのものの活動を停止するとかそういうネガティヴな事情ではないのでご安心を。
ただ前述の通り、デジタルツール関連はあまり発展性がないので新規に記事にすることは終了する予定です。

とりあえずもう少々時間をください。
ありがとうございます。
Posted by 文戯研 at 2016年03月14日 18:42
前向きな返信をいただきほっとしてます

ところで折り入って文芸遊戯研究会様にご相談したいことがありまして
もし可能であればメールをいただけないでしょうか?

ぶしつけなお願いで大変失礼かと思いますが、ぜひお願いいたします。
Posted by 紫 at 2016年03月15日 23:54
ごめんなさいm(__)m
メアド欄にメアド入れたのですが
出てないですね
mbdw1cf1gn24oi8あっとjetable.org
になります
Posted by 紫 at 2016年03月16日 00:01
紫さん

先ほど送りました。確認ください。
Posted by 文戯研 at 2016年03月17日 18:45
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