2016年02月28日

「十人の憂鬱な容疑者」終了

2月に入ってから仕事が忙しい、忙しい。

大掛かりな販促企画を行った結果が出てきただけなので自業自得なのですが、
全く暇なのよりは前向きなうれしい悲鳴なのかもしれません。
とにかく欲しいもの、やりたいことがいっぱいあります。唯一欲しいけど手に入らないもの…それは時間。


なんだかんだで脱出ゲームブックにかけられる時間も少ない事ながら、今回の「十人の憂鬱な容疑者」。
前作2作品よりも謎がかなり難解になりました。

結構詰まらせられました。公式にヒントもなく検索するのは邪道なのでどうしてもわからない場合は一旦切り上げて他の本を読んだりとワンクッションおいて挑みました。

 時間はかかりましたがなんとかノーヒントでクリアできました。


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苦労すれば苦労したほど達成感が増します。自分は登山が好きですが、高く険しい山ほど頂上に達した時の快感が増すものです。
ゲームブックに限らず、あらゆる創作もいろいろと試行錯誤したり制作に困難を極めたものほど、受け手に訴えかけるものも強いのではと思います。

 人によってその手のスキルも違います。脱出ゲームブックは私のようなタイプはドツボにはまるほど面白いものですが、全く受け入れられない人には全く受け付けないものでもあります。

 そうなると、読者の対象が狭まるのではと思うのですが、これらのシリーズは続編が出るほどのニーズがあります。私が思うに、書店でこの手の書籍を手にするタイプのターゲット層をマーケティング調査して、その層のタイプに合わせて製作、ターゲッティング以外の層はあえて考えずに販売したのではと睨んでます。
 ま、そこまでは考えすぎかもしれませんが、ある程度難解な謎でも通用する消費者層もいるということはわかりました。

 逆にターゲット層を広げすぎて当たり障りのないストーリーと簡単な謎解きで締めてしまうと、フラストレーションは生じないもののインパクトも薄れてしまい読んでも記憶に残らなかったり、リピーターもつかないものです。(どちらがいいのか悪いのかという視点では語れませんが…)


 推理小説なんかもなかなか推理にたどり着けないくらい難解なトリックを用いたのがほとんどですからね。
もしかしたら読者は難解な問題を潜在的に求めているのかもしれません。


 ネタバレになるので詳細は控えますが、このゲームブックは使い捨てと御考え下さい。

 書き込んだ文字を消してまた時間をおいてプレイしようかなと、フリクションボールペンを用いてマップやシートに記載しましたが、プレイするには普通のボールペンなどで記載しても大丈夫です。記録紙をコピーして使っても無駄だと思います。切り抜きのアイテムも勿体ぶらずにガンガン切り取って使いましょう。

 そして新しくプレイし直す場合は新たに買いましょう。この本は一度遊んだらそれまでです。多分、一度最後まで遊んでしまうと古本屋でも買いたがらないほどボロボロになっていると思います。特にマップですね。そしてあるページに至っては修復不能にまでなってしまいます。というよりも修復不能にしないと先に進めません。最後までやってみればわかると思います。

 こう言った推理ものの謎解きゲームブックは一度遊ぶとそれまでという傾向が強いですからね。製作者側も読者に何度もプレイさせるという前提で作っていません。そう言った傾向を踏まえて一度限りで役目を終える書籍として割り切って制作したのでしょう。
 冒険ものでしたら何度でもプレイできるものなのですが、推理ものの宿命でしょうね。逆に一度限りしかできないプレイだからこそのインパクトというか大切さというものも感じます。ボロボロになった本というものあの時は大変だったなという思い出の詰まった貫禄があって、いいものです。
 
 使い古した貫禄。これもデジタルでは再現できないアナログならではの表現の一つですね。アナログであることや本のジャンルというものを知り尽くした上であえて企画を通した製作者側には敬意を通り越して呆れてしまいました。(良い意味で)

 あと驚かされたことですが、物語の終盤であえてタブーな話題を放り込んでいること。下手したら一部の方々から反発を食らうほどのタブーをプロットに組み込んでいるという思い切った攻勢に出ています。
 こう言った思い切ったことを制作に反映するという行動力を持っているからこそ、こう言ったものが作れるのかもしれません。私もあるタブーに挑んだ創作を企画したりしています。


 デメリットを上げるとするならば、本格推理ではないこと。
 レイトン教授シリーズ同様、推理の犯人探しというプラットフォームを取っていますが、犯人のアリバイ屋密室のトリックなどのトリック暴きというよりも、クイズなどの謎解きを進めて物語を進行させるという脱出ゲームブック全般のパターンです。よって本格推理的なものを期待してしまうと、少々肩すかしを感じるかもしれません。


 あとは、謎解きによってですが、説明不足なものもあるという点でしょうか。
説明不足なゆえに謎解きよりも何がどうなっているのかも把握できない謎解きがありました。説明が曖昧なんですよね。それを意図として制作したのなら少々謎解きの難しさよりも意地悪な面のイメージの方が先行してしまうかもしれません。

  推理小説だと、どんなに難解でも読めば解決に導かされますが、ゲームブックだと謎が解けないと先に進めないケースもありますから、調整が必要になります。それがうまく噛み合った場合はゲームブックは読者の求める欲求を解消するのにふさわしいコンテンツとなることも否定できません。

 ですが謎解きに説明が不足していたり、常識を外れるほど突拍子もない発想が必要だったり、全くヒントがなかったりとか不条理な謎だと、読者は逆に引いてしまいます。そうなると意地悪な作家さんだと思われるので、その辺を調整したほうがいいかもしれません。小説とゲームブックは特性が違います。

 いわば謎解きや推理などは製作者側と読者側をできる限りフェアにした方がいいかと思います。受動的な小説と違いゲームブックは読者に作業や考察を要求しますから余計にその傾向を強く意識して制作しないと、イメージダウンにつながると考えられます。

 ある方から耳にした話ですが、推理小説などのコンテストなどでも医師職の方や司法書士などの職に就かれている方から、職の専門知識を取り入れた推理小説が送られてくるそうです。
 医者が医学の知識を活かしたトリックを、電気技師が電気工学の知識を活かしたトリックを用いた小説を持ち込んでくることは多々あるようですが、医者でなければ解けない、電気技師でなければ解けない推理小説というのはご法度なんだそうです。なぜならその推理小説を解くには専門家でなければならないというならば、不特定多数の人間が読まれるそれに対してフェアではないとのことなんだそうです。

 もし専門知識を活かしたトリックを用いるなら、その作品内で事前にその知識を提示しておく必要があるわけです。そう言った知識を読者に提示して読者と作者の知識量をフェアにした上でトリック解決を案内していかないとフェアではないということです。

 謎解きや推理はフェアかつ筋が通るように設定しないと読者は納得しません。
あるトリックにおいて謎が解けた、あるいは提示された回答を知った時に、これが答えだったのかと納得するのと、こんなの解るわけないだろうと憤慨する二択に分けられると思います。
 どちらかには読者にカタルシスを与え、もう片方は不快感を与えるでしょう。難しかったと意地が悪いというのは全く特性が違います。投稿サイトなんかで推理物を投稿されているものを読んだりもしましたが、全くフェアとは言えないものを読んで謎明かしされた際に、不快感しか残らなかった経験を覚えています。特にゲームブックにおいては謎やトリックはターゲットとされる読者に解かれることを前提としないとイメージダウンにつながるということですね。フェアでない謎掛けを生成するのは簡単です。全く情報を与えなければいいだけですから。とはいえ読者側に情報を提示しすぎると謎が簡単に解かれてしまう危険性もあるわけです。その辺のバランスはターゲッティングした読者層の傾向を調査しなければ始まりません。

 今回のゲームブックはある程度の情報やヒントが提示されているものでも、二転三転させないと解答に導き出せない謎解きも多かったです。とにかく一度プレイしたら本を捨てるくらいの踏ん切りの良さと、固執してしまったイメージや推測をあっさり捨てるくらいの柔軟さで挑みましょう。勿体無いは厳禁です。

 
 あと謎解きにオススメなのはリラックスできる環境を作ること。たとえば自分の部屋でプレイするときは窓を開けて外の空気を取り入れてます。BGMとしてかける音楽は言語情報を持たないインスト曲をかけてます。おすすめのジャンルはライトタッチなリラクゼーションやアンビエント、もしくはチルアウトなどを選曲してかけてます。結構それだけでも脳が活性化されますよ。脳が活性化されるとそれだけでも回転が速くなります。

 これはゲームブックを作成する時にも有効です。脳波というのは結構デリケイトで周囲の環境の波動に敏感に反応してしまうものです。

 ですから創作する際、緊迫感溢れる場面を執筆される際は激しいテンポの曲をかけて執筆したり、逆に穏やかなシーンを描写する際には自然に囲まれた静かな場所で執筆されると結構書く文章なんかも変わってきたりするものです。結構目に見えて影響されますからぜひ試してみては。


 人によっては難解な謎に詰まると諦めてしまう傾向な方もいますが、自分の場合、詰まれば詰まるほど何としてでも解いてやろうというやる気に繋がったりします。

 ビジネスでも私生活でもそうですが、自分はアイディアなんかも出してみた後、それを徹底的に否定し、そのネガティヴな面をいかにして打開するかひたすら考えに考えます。ネガティヴな面を見つけたために考えることををあっさりと捨ててしまうと、あまり打開策というのは生成されないものです。
発想とは言わば謎解きに近いものがあると思います。謎解きが解けたときのカタルシスと発想が顕在化したときの感覚は恐ろしいほど似ています。閃くことは成長している証とも言えます。

 ですから難解な謎にぶち当たった時は避けずにできるだけ解決する努力するようにすると、何かしら発想が必要になった際も打開策を結論付けやすい性質になるかなと考えてます。要するに「考える」習慣をつけましょうということですね。

 考えるという習慣は捨ててはいけませんが、考える内容を固執してしまうとそれはそれで進展をふさいでしまいます。

 謎解きを含めて「考える」ということは推測と検証の連続系です。これはあれだろうと推測を自分の頭の中で立てて、それが適切かを検証します。それが失敗ならそれを学習した上でまた推測を立てて検証を繰り返して成功へと緒を見つけていきます。

 誰にもあることですが、この推測という部分で固執してしまう部分がどうしてもあります。これはあれに違いないというイメージを脳裏に焼き付けてしまうとどうしてもその枠内での考察に限定されてしまいます。謎解きや発想でもそうですが、この固執傾向はかなり足かせとなってしまう結果を生みます。

 ですから考えられることや思いつくことすべてを推測し、検証して理想や正解が見つからなかった場合、ゆえに手詰まり感を感じたならば思い切って捨てることが必要不可欠となります。捨てることでその枠を取り外すことにもつながり、謎解きの解決や新たな打開策やアイディアの構築などにもつながります。

 この捨てるということは固執傾向にある人ほどかなり辛いことにもなりますが、逆に固執しない傾向な人は手詰まり感を感じたらあっさりと捨てて新たな策を構築しようと動いたりするものです。

 これは謎解きや発想に限ったことではなく、人生においてのトラブル回避や取捨選択にも有効に働きます。
 私は昔に企画開発やクリエイティビティの競争の強い業界で働いていた時期がありましたが、その時に先輩から叩き上げられた際にしょっちゅう「捨てることを躊躇うな、変化することを恐れるな」と言われ続けました。
 変化するということは成長するあるいは退化するということも含んでいるわけです。成長も退化も何かを捨てていかないとそれが起因しないということだって多々あるわけですね。保身ばかりに固執するよりもプラスもマイナスもそれを覚悟の上で取捨選択していく思い切りのいい性格の方が、企画や開発に向いている人材ではないかと思うわけです。


 話は逸れてしまいましたが、推理とゲームブックは意外と相性はいいと思います。ただ何度も楽しめる傾向のある冒険ものと違い、一度プレイしてしまうと終わってしまう傾向も強いですが、購入時に何の情報も持たない読者側を取り込むには冒険ものよりも推理の方がアプローチ性が強いかなと思います。

 推理ゲームブックを作るには推理小説が書けるような能力も求められると思います。小説と言うよりもトリックやロジックなどのプロットですね。
やはりそのためには読者に疑問を持たせられるような非常識な環境を提示しなければならないと思います。読めば解決する小説とは違うゲームブックですから、読者自身が解決されることを前提にトリックを構築していかなければならない故に、小説よりも難しいプロットを求められることになるでしょう。

 トリックはトリックでも逆に叙述トリックなどはあまりゲームブックには向かないかなと思います。どんでん返しなどは小説でもゲームブックでも設定すれば読者にかなりアプローチ材料になるのかなと考えてます。


推理とは何か?

私の個人的な意見ですが、推理は論理やロジックを分析しインファレンスを設定して解明していく作業かと思います。先ほども似たような話をしましたね。
推理において謎を解くというのは作者の論理やロジックを崩すこと、いわば論破することに近いかなと考えてます。

もちろん作者側も論破されないように周りを論理でガチガチに固めなければなりません。完全に論理で固めてしまうと推理として成り立たなくなってしまいますから、その中での論破ポイントや矛盾をわかりづらいように設置します。ようは作者側と読者側の論理力勝負みたいな物なのかもしれません。

よって推理でのゲームブックを作成するなら論理的に考察して展開していく能力は必要なのかなと思います。
私の尊敬してやまない方の一人に数学者の岡潔氏がいますが、彼は推理力は数学力と密接に絡んでいるというようなニュアンスの話をされていたように記憶しています。

 論理思考で分析し、ロジックを崩し論破していく能力は推理して謎を解いていく能力に近いものがあると思います。逆に言えばそういう能力が伴っていれば謎を解くだけでなく、推理における謎を創造していくことにも長けていると思いますね。

 矛盾や情報のねじれや嘘やボロは自然に出してしまうことは多々あれど、わざとそれを構築してうまく隠し通すにはそれなり(というか、かなり)の知性が必要です。いわば嘘をついてそれをうまく隠し通せる人ほど巧妙な推理を構築できるのではと推測します。


 あとは記事の冒頭で書いたこと繰り返しますが、推理のトリックを発案したら、今度はそれをロジックに当てはめて徹底的に否定して論破点を探す努力が必要ですね。自分の論理を自分で論破するような感じです。
このトリックなら犯人はあいつしかいないという状況でも多角的なロジックで検証していくと実はもう一人該当者がいたなんて矛盾が見つかることもあります。それの繰り返しでトリック案を突き詰めていきます。ただ、これはやってみると本当に難しいです。本当にロジカルに情報を分析していかないと成り立たない作業です。

ただ、これも冒頭で書いたことですが、困難を乗り越えて生成したものはアプローチ性も強いです。推理ジャンルでゲームブックを作ることを目指している方はこんな脅し文句に屈せずに頑張ってくださいね。



 実を言うと私も一つ推理のトリックとプロットを構築し準備しています。アウトプットするのはゲームブックではないのでここで詳しいことはこれ以上書きませんが、とにかく直接現場で実験してみたり、矛盾点を探してその度に設定を変えたりしてえらい大変でした。でも取り組んでいる瞬間や壁にぶつかった時は逆に楽しかったりしましたけどね。


あと二作品頑張るぞー
つーか、3月までに終わるのか。。。
posted by 文芸遊戯研究会 at 13:24| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月15日

名作が電子書籍として復活

なんと、あのドルアーガの塔のゲームブックが電子書籍化されるそうです。

自分は小学生の頃に創元推理文庫版と出会いまして、3巻連続でやりつくしました。一巻のアドベンチャーシートを3巻のプレイまで使いつめ、鉛筆で書いたり消したりの連続で穴が空いてしまったという苦々しい思い出があります。

高校生の頃にもう一回プレイしまして、その時はちゃんとアドベンチャーシートをコピーしてマッピングしながらプレイしました。

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その時の地図未だに持ってます。(なぜかルーンクエストのキャラクターシートを使ってる)

創土社で復刻版が出されたことは知ってましたが、創元推理文庫版を持っていたので購入するに至らず、今に至りました。

幻想迷宮書店のサイトによるとその他に「魔人竜生誕」も予定されているらしいです。話に聞くとゲームブックコンテスト受賞作のようで、自分は読んでなかったのでこれを機に買って読んでみたいなと思います。

今のところ創土社で刊行されたタイトルの電子書籍化のようですが、この後の予定が気になるところですね。刊行されたタイトルの著者が新たに書き下ろしたタイトルが出るのか、それとも創土社で復刻されなかったタイトルが復刻版として出るとか、どんどん期待が膨らみますね。「リンゴ」や「ユリ」あたりが復刻してくれれば割と需要はありそうですしね。

 こうやってみるとゲームブックを取り巻く環境は徐々に確立されつつあるということでしょうか。ゲームブックの未来は明るいと思います。

なお、幻想迷宮書店さんでは自作ゲームブックの持ち込みも募集しているようです。昔のゲームブックのコンテストに応募したけど落選してしまい、「もうゲームブックなんて何と言われようとゼッテー書かねえよ」なんて涙目になっているそこの君! 手直ししてもう一回持ち込んで見ると新しいフラグが立つかもしれないですぞ。
posted by 文芸遊戯研究会 at 18:09| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

ゲームブックの持ち運び

脱出ゲームブックの第三弾「十人の憂鬱な容疑者」を始めました。
二弾までは家の中限定でプレイしましたが今回から、
家のリビングや職場、そして出張時の車の中やホテルなど様々な場所でプレイしたいなと思ったので持ち運びできるようにしました。

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まずアドベンチャーシートやマップなどの付録紙はクリップファイルボードに挟んでテーブルなしでもそのまま書けるようにしました。
使用したのはセキセイのFB-2015でA5サイズの二つ折りのものです。
http://www.sedia.co.jp/syouhin_system/?h=FB-2016.html

二つ折りを開くとそのままA4サイズの紙が横に広げられ下敷きとして使えるので楽です。二つ折りのカバーの方の裏側には書類を挟める内ポケットが付いているので使わない分の付録紙はここに保管しておきます。


そして持ち歩くときは本とそのクリップファイルボードをバンドでまとめます。

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使用しているバンドはPILOTのPBB-07。
http://www.pilot.co.jp/products/stationary/personal/cat/band/

バンドで固定しておけばバッグなどに入れた時も無造作に本が開いたりして紙を痛めたりしません。そして本よりもクリップファイルボードのほうが大きいためバンドを締め付ける強さが強くても本が不自然に撓んだりしないようにしています。

バンドにはペン差しが付いているので4色型のフリクションボールペンを一本差しています。
何度も消して書き直す部類のゲームブックの冒険記録紙にはフリクションボールペンは相性がいいと思います。フリクションボールペンとは最近出始めた消せるボールペンのことです。
http://www.pilot.co.jp/products/pen/frixion/

昔にゲームブックをプレイしてアドベンチャーシートを記入していた時期はそんな技術の文房具など開発されてなく、専ら鉛筆と消しゴムでした。何度も書いたり消したりしていくと紙が痛んで最悪の場合破れてしまうのですが、フリクションボールペンだと消す際に消しゴムに比べそれほど紙のダメージはないようです。(全くないとは言えませんが)
 そして消しゴムのように削りカスが出ないのも便利です。これが一本あればあとはいらないと思います。

 このゲームブックでは使わないですが、もしサイコロが必要なゲームブックをプレイする場合のダイスロールはスマホで代用することにします。

クリップファイルボードはB6あたりでも使えそうな感じはしますが、そのサイズだと二つ折りのものはあまりないようです。二つ折りでないとアドベンチャーシートがむき出しですので持ち運び時に紙を痛めるかもしれません。ので二つ折りのタイプの方がいいかと思います。
posted by 文芸遊戯研究会 at 22:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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